日いずる国の経 〆あとがき

 

 



あとがき 

 

 この2009年と2016年に体験した中有での出来事、宇宙と子宮の神秘に隠された死と再生のビジョン、09年はより肉体的な視点に基づいて表現されたもので16年はより精神的な体験になりました。実際には、この二つの体験は全く同質のものであり、パターンによる暗示された神の雛型があります。

 日いずる国の経の冒頭にもあったように私は事前に記事の投稿の意図はなく、2023年の年末に執筆に入りました。なにしろ14年も前の出来事から遡ったので断片的になりましたが、自身が実際に観たもの、体験したことを忠実に記すことに努めました。

 2016年を後に八年が経過し、これまで私の内に留めていたものをこうして書き記して振り返り、あらためて内なる至高神の足跡をたどってみると、上に記したように一定のパターンが見出されます。

 輝くもの、青に象徴されるもの、赤に象徴されるもの、黄疸による黄泉の暗示や、雲に暗示される煙にまつわること、蛇や龍、旋回上昇、四方八方への分離、分裂。

 そして分裂から再び元の一つの純粋意識へと帰還するための四方八方から中心への集まり、鏡、純粋意識への理解。

 これらの私たちの心の深くに眠る記録のビジョン、神の型はあらゆる世界の聖典にも描写され、この神の型が展開されていく過程で空間と共に認識され生み出された太陽や月や星などの関わりを各時代に執筆者の意図を越えたところで記されては発展させ、それを各国々の質感に合うように、神は神の料理を与えて下さり、私たちはそれに気づいていようともいなかろうとも、それは今もなお目前に現れては過ぎ去っていきます。

 

 そして現代の共通認識として137億年前にゆらいで始まったとされる私たちの心、宇宙の記録を私たちは皆平等に、父と母のもとで種が受精してから人間の形に胎児発育する進化の過程を母の子宮の中で十月十日の間で養ってもらい、数字の6のように頭を地に向けて南の閻浮提にある人の住む世界に誕生すると言われています。 

 反対に肉体、物質的な寿命の終わりには9に象徴される上の方角、北に頭を向けて中有または冥府の世界に向かい十王経などの十を象徴する加護が現れてくるのです。

 この終末的なビジョンを伴う中有での理想的なありようとして、起源を遡ればきりがありませんので、この項ではミスラ思想変じてみろく思想としますが、その流れの中に大乗仏教思想やユダヤ教、キリスト教、イスラム教のような終末論などで見られる、異なっているようで同一の型をもった、終わりのときの裁きの期間に命を司るもとの神、十に象徴される守護のもとで私たち自身の心のありようを見極め、最後の生としてあらたに神国、浄居天に住生してやがては涅槃に入っていくことを過去の砂の数ほどの探究者たちの願い、本願とされてきたのでした。

 この涅槃に入る前の最初で最後の理想郷、ありのままに映し出された平等な国土を浄土国。その浄土国が全体の型として私たちが共有するこの世界に一斉に現れた時が、それはまさにみろくの世といわれる世界になると言われますが、大乗経典の維摩経には「この世界にありながら この世界がそのまま清浄の土でありうる」とも、法華経では「この娑婆世界を変じて瑠璃地の清浄世界と変ず」とも、サナト・クマラや鞍馬にも似た名を持つ亀茲国の鳩摩羅什の翻訳にあるように、実際には既に神国、浄土国、シャンバラは私たちの目前に現れているのですが、私たちに残された不浄、我欲が自らそれを許しません。

 そしてそれを頭では解っていても、心の深部に染み付いたその不浄を払うという事がどれだけ簡単な事ではないのかと言うことを、私は誰よりも不浄であったがゆえに理解していますし、神仏はそういう人間に、あえてその秘められたビジョンの一部を一足先に見せたのかもしれません。

 

 私が影響を受けたニサルガダッタ・マハラジは、ヴェールの向こう側を観測したときの反応について「驚きが少ない者はある意味、優秀と言えるのかもしれない」との趣旨の言葉を残されていますが、それは私とは違って、もともと汚れが少なく自然に他者を大切にして労わることのできる方や、自覚のもとで祓いの道に進まれる方々のような我欲の少ない人は、中有でも困難は少なく、より自然にみろく世に住生するのかもしれません。

 

                                  つづく

 

 

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日いずる国の経 Θ

この記事について

2009年と2016年に著者が体験した中有(冥府)の世界での出来事。宇宙と子宮の神秘に隠された死と再生の体験を記していきます。09年、16年に私が観たこの2つのビジョンは異なった視点で表現されますが、それらは全く同質の事柄になります。この記録を通じて読者の方に何か伝わるものがあれば幸いです。

 

 

第八章

成満

 

 翌日になって、兄があと二日ほど念のために私の家に留まり、母と弟は仕事があるため東京に戻ることになりました。
 念のため、というのは私にはこのとき気になる事があり、自身の左腕付近に、時折黒い靄なようなものが映りこんで、その気配と同時に衝動的で瞬発的な殺意が浮かぶというもので、その殺意は当時4歳の娘に向いていたため、私はこのことに懸念して極力娘と距離を置き別室で過ごしていました。
 
 そして介護の仕事はこの時あまりの情報量と精神的な消耗、何より極めて神聖な期間だという理解があったので、やむを得ず仕事は少しの間休暇をもらうことにしました。
 私はこの期間食事をほとんど食べることが無くなり、口にしたとしても肉類は顕著に自然な拒否反応があり受け付けず、食べられるものは野菜や雑炊のようなものでした。
 そして垢離で自身の不浄を流すように、一日に何度も身体を洗い流しに行くように浴室にむかったのです。
 
 そして2016年の12月14日、別室で籠るように過ごすその部屋で、自分の娘に突発的な殺意が顕れる事に悲しみを感じ、そのことを思いながら部屋に飾っていた娘の写真を眺めました。

 その写真には子供の名前の由来を親が書き記し、写真を貼ったものを保育園で飾っていたものでしたが、このときの娘の表情は嬉しいのか、淋しいのか、そのどちらでもないのか、なんとも微妙な表情のその姿を見ながら私はあのときの、胸の目前から娘の姿を仮にとった数えきれないほどの生命の生滅が頭に浮かんできました。
 
 私はその命の呼吸のことを思っていると、弘法大師の説いた「生れ生れ生れて生の始めに暗く 死に死に死んで死の終りに冥し」という言葉が浮かんできたのです。
 
 なぜ私はあのとき左側の死を反射的に受け入れられなかったのか、自分の好むものだけを望んで、喜びだけを歓迎し、なぜ悲しみを退けるのか、世界は世界である以上、ただ来ては去っていくのが道理で、来るものも去るものも、喜びも悲しみも、生も死も、本来一つの環であるのにどうして比べるのだろうか。
 
 私は紫色の帽子を被った、その甘くほろ苦そうな微笑みを浮かべる瑠璃の写真を眺めながら、そんな思いが心に起こって、私は泡のような想いが芽生える泡の出どころを、あの命の輪を司る至高の神の御許でしばらく静かに観つづけていると、次第に左側に感じていた靄と殺気はゆっくりと消えていったのでした。
 
 想いを生み出す心は、そのゆらぎを祈りの思いによって鎮めて、心によって心そのものを越えていくように、自身の只中にある至高の神の足跡が示した、あの真っ白な無記の紙のような光景の中にわたしは溶け込んでいったのでした。
 
 
そしてこの日の夜、空を見上げると雲一つない夜空の中に大きく浮かび上がる満月の輝きをみて、わたしは晴れて諸々の神仏に深く合掌礼拝したのです。
 

 


 

 

 

〇 〇

 

神仏の

 

慈悲深い愛情により

 

配された地の星々は

 

天上にある

 

自らの門前

 

浄めの泉に照らされる

 

 

二種の勾玉 愛津とし

 

四方八方から呼び集め

 

輝ける約束である神の園

 

不二の国土にあって

 

三千大千世界

 

一度に開く梅の花

 

神は民と共にあり

 

民は神の友になり

 

 

一成るすべてを成就する

 

 

 

 

 

 

 

 

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日いずる国の経 十

 

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第七章

日いずるもとの神

 

 呼び集められた家族が家に着いて、すぐに私のことを心配してくれていましたが、以前のように床に入っているような状態ではなかったので安心してくれたようでした。
 私自身としてもこうして皆が来てくれたことにより、妻と娘が二人でこの異常な状況の中に置かれていることへの心配もあったので、安堵の想いがありました。

 そして私は兄弟に自分自身に起きていることをこの当時、許されている範囲で話をしました。
「許されている」というのは自身の体験したほとんどの内容は、兄弟にもこの執筆をしている今日まで伏せられていたのです。 

 その後、居間で集まってくれた皆に語り掛けていましたが私の心は、はるか彼方に在る至高神の御許にあり、そこから私は多面的な性質を持ちながら皆を眺めているようで、私の口から出る言葉も、はるか遠い彼方から、地に結ばれたこの身体にこだましているかのようでした。

 数日前に神が私に現れてから、表現の微妙に違った神々が現れてきたのですが、このとき辺りから私の口から出る言葉やその質感は、自身の心が至高神を観る純度、自分自身の心の微妙な揺らぎの強度によって垂直的で多面的に広がり、その聖質が変化していることに気が付きはじめました。

 兄が私に一体何が起きているのか問いかけると、私の口からは「私はこの日いずる国に経を降ろしにきた」と、語られるこの言葉を発しながら傾聴している私は、しなやかな威厳とこの尊崇に満ちた輝ける神は、この物質世界の地上に日の元の国を照らし映し、開いた力であることをすぐに察することができました。

 そして私はすべての生命を呼吸のように司る、まことの素の神を注意深くその御許で拝見していくうちに、それはよく観ればみるほど究極的には、すでに想いのゆらぐ世界から遥か彼方の昔に解脱する過程の時を越えていて、同時にまだ現れてもいない。

 この残像のようでありながら姿形のない あるがままで在りつづける神のもとでは、世界に何が起ころうとも影響されず、なんの問題も起きていないかのようでありながら、私たちの三千世界をただ静かに見守り、愛する余韻が充満しているように感じられたのでした。

                         

 

つづく

 

 

 

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日いずる国の経 9

 

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第六章

命の水

 

 やっとの思いで家に帰ると、普段と変わらない光景がありました。

 妻がいて、娘がいる。

 私がテーブルに座ると娘が朝、庭で摘んできた小さな花束をくれまた。    

 私は長らく切迫していたのでこの時、気がほころび嬉しくなって少しの時間この花を眺めていたのですが、そうしていると再び小さな太鼓の音が聞こえ始め、腹に留まっている龍が動き始めて身体が震え始めたのですが、この龍をよく観てみると私同様に耐え忍んでいるかのようでした。

 私は震えをこらえながら妻に水を持ってくるようお願いをして、テーブルの上には妻が持ってきてくれた、小さな瑠璃色の霧ガラスのコップに入った水と、娘のくれた花束を見て、私はなぜだか準備が整ったような気持ちになったのです。

 そしてその水を飲んだとたんに震えを抑えきれなくなり丹田が大きく震えはじめ、私には世の全ての深い悲しみと、苦悩の想いが浮かび上がってくるように私の目からは涙があふれ、流れました。   

「もう戻れない」

という言葉が内に響き渡り、巨大な龍は下腹部で激しく動き始めると、私には沢山の司祭の様な者たちが様々な時代で姿を変え、皆耐え忍びながら何かの約束事を交わし神事を行ってるビジョンが観えていました。

 その風景が映る中で太鼓の音と共に、巨大な龍はついに大きな振動と共に登り上がり、私の頭頂を突き抜けさらに上昇していきましたが、やがて龍は上空で火花が燃え移るように四方八方に「米」の字の如く散り広がり、その火花は儚くも美しい花々となって私の頭上からひらひらと降り注いできたのです。

 

 

冥府の主 マハーカーラの深淵

        
 私は自分の意思を越えたところで兄弟と母を東京から無理を承知で伊豆まで来てもらうように妻を通じてお願いしました。
 妻を通じてというのはこのとき宇宙を司るあの至高の神が、すでに不動の荒神の形をとって私の内に共にあり、本来なら私から母や兄弟に連絡を入れるのが道理ですが、このとき私はペンを持って文書を書くことも、自ら電話をかけることもこの体には出来なくなっており、代筆などの代理を挟んだやり方で繋ぐという方法をとるしかありませんでした。

 私はこの期間、この世との繋がりをほとんど断ち切れていたようで、肉体を用い行為することで繋がる外部との接点を図れなくなっているかの様でした。

 兄弟への突然の言伝でしたが、私の口を通じて兄弟に解る範囲の言葉として妻に、観自在(Lokeśvararāja )からの命であると伝えるよう頼んでいたのです。(実際には大自在天

 兄弟は7年前の事もあったので何かを感じとり、仕事のある中でも急遽母と共に私の家に向かってくれました。
 そして夕方近くには到着出来そうだという連絡が入り、時間が近くなると妻は娘を連れて駅まで車で迎えに行ってくれたのでした。

 二人が家から出て間もなくすると、なんとも言えぬような刺すような不穏な雰囲気が立ち込め、同時に私はあるビジョンの中に入っていきました。
 
 それは意識のない妻と娘が、我が家から救急搬送されて行くのをただ茫然と私が眺めている・・・そして場所は移されて、自分以外のこの世の人たちが次々と死んでいき、私も共に皆と死に行きたくてそれを切に望んでも死が私から離れて逃げて行き、私はその世界から離れることはできませんでした。
 そして世界は凄まじく廃墟されて、残っているわずかな者の精神も私の精神も破壊されていき、最後には一人となって身の毛のよだつ様な地獄の淵に立っていることもできず、そこにいる理由もわからず、ただ打ちひしがれているのです。

 その冷たくて暗く、青黒い炭火で焼かれるような狂った世界、「狂気」以外には何もない。
言葉では足らず表現しきれませんが、私に映し出されるそのリアル過ぎるそのビジョンは、私のこれまでの生涯での経験や何よりも七年前の経験が全く役に立たちませんでした。
 というのは経験や記憶を意識の中で引き出すことが出来ず、意識の深部に残された破滅と消失への恐れの部分がむき出しになって現れ、そこにすべての苦しみが集約されているかのようだったのです。
 この心の景色は「今」その一瞬一瞬の時を全身全霊で闇の淵に生きているような、過去も未来も想い浮ぶことがないゆえに、時が断絶されたかのような無間地獄の景色だったのです。

                            

つづく

 

 

 

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日いずる国の経 8

 

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第五章

月下かみ相撲 
 
 その後しばらくの間、私は別室で留まっていましたが直ちに家を出るように促す声と張り詰めた状況は変わらないため、やむを得ず部屋から出て妻に家を出るように要求されていることを伝えると、その突然の出来事に彼女は下を向いて戸惑い、困惑しているようでした。
 
 そしてその力強い存在は、迫るように尚も続いて家を出るように促しますが、私はその内なる声の主に全身全霊で反発をし続けました。
 それはまさに全身全霊で反発しなくはならず、たとえそれが神や天子であっても、暗示された引き継ぐ型としても、そのとき私はそうする必要があったのです。
 
 内にこだます声は「世のために、あなたはこの家を直ちに出ていかなければならない」と続け、強く誘導されるかのように身体が玄関まで進んでいましたが、私は納得することが出来ず「世のためというのなら、この世の総ては一成るもので、一成るものはこの世の総てであることを私は神によって知ったのだから、この総ての中の一粒である自分の子をこんな形で突然おいていく事はできない」と強く訴え続けると、この切迫した力が次第に解けてけいきました。

 するとこの力ある主は、どうしてもこの家に残るのなら妻と対話しなくてはならないこと、そしてこれから私自身が、あの生命の呼吸を持つ期間に入っていくため、そのような者と共に過ごすと言うことは、彼女もまた同様に非常に重いものを持つ覚悟が必要となると言うことを自身を通じてその存在は妻に語りかけ、これに妻は承知しましたが、それはまさに契りのようなものだったのでした。

 



裏切りの思いの泡

 

 そして翌日も半身神憑りの状態が続いたのですが、私の内にあるその存在は昨晩の力強い表情とはうって変わり、静けさに包まれた無垢のような存在だったのです。
  
 私はこの静けさに包まれた主と共にある状態が数日続くにつれて、次第に恐れに似た感情を覚えはじめました。
 それはこの汚れ一つない清浄な存在と共にあり続けるうちに、私個人のもつ固有の気質が消滅していくのではないか、という予感と疑いとが表われてきていたのでした。
 その私の性質の消滅は、先の直ちに家族をおいて家を出て行く事と等しいように想えてしまったのです。

 この状態が数日間続き、声質や文字を書く感覚も普段とは少し違くなっていた私は、静けさに包まれた主と共にあることを終わらせたい、という想いが強くなってきていましたが、この存在は私のもとから離れていく気配も、その応答もありませんでした。

 そのため私は夜になると、この問題を解決しようと心に決めて、車でひとり川辺に向かい、そこで静けさを放つ存在と内なる対話をはじめました。
 そして私は、この存在との友好的な思いを伝えながらも密かに謀るようにして躊躇なく、思いによってこの存在を斬ったのです。

 この時、私はあの無垢で清らかな存在に自身が恐れを抱いていた為に、思いによって断ち切ったのですが、実際に斬られたのは、あの澄んだ静けさに包まれた主ではなく、私自身だったのではないかという戸惑いが起こり、あのとき現れた部屋の角、北東に映る高山の2人の聖人のビジョンがふと頭によぎったのでした。

 この時からその存在は私の内から消えたのですが、それから再び7年前に経験したような高ぶった感情が、徐々に湧き上がってくるように現れてきていることに気づき始めたのです。
 

 

 

時間の辻褄

 

 内なる神が私の目前に現れてから六日後の夜、私はこのような異常ともいえる状態であることは理解はしていましたが、仕事を休むことはせずに夜勤介護の仕事に向かいました。
 夜間勤務は一人業務であるために少々の懸念はありましたが、心の高ぶりを注視し、無事に何事もなく朝を迎えて仕事を終えようとしていました。
 私は業務終了前の早番職員への申し送り事項を伝える為にメモを取っていたのですがその最中、自身の異変に気が付いたのでした。 
 
 それはメモを取っていると突然、意識が点の中で留まって動けないようになり、過去と未来という因果が寸断されたように時の運動が起こらず辻褄が合わず、全く次の思考が起こせないのです。

 以前「間」を観る事に集中して観相していた、思考を起こさない、と言う努めの様なものとは違い、思考が起こらない、というよりこの時の私は起こせないのです。
 それはあまりに強かったので申し送りのメモを取るのにペンも進まず、思考も所々寸断されて時間が掛かってしまいましたが、何とか仕事を終えて家に向かうことが出来ました。

 車に乗り、少し落ち着いてから慎重に運転を始めてしばらくすると、下腹部がブルブルと震え出し、太鼓を打つような音が微妙なタイミングでタ・タ・タ・タ・タ・・と静かに聞こえ始めてきたので、これからまた何かが起こることが予感され、途中休み休み車を止めてゆっくり家に向かいました。

 そして家の近くまで来たときに下腹部、丹田に7年前よりさらに巨大な、これはもう蛇ではなくグルグルと渦まく巨大な龍が凄んでいるのを感じられ、私の身体が丹田を発震源として震えが徐々に大きくなってきているのに危機感を感じ、家の手前で車を止めて様子をみることにしました。

 もうこの異常な出来事、切迫だとか緊迫だとかもうそんなことが続きすぎていて、よくわからなくなってきていましたが、何とか落ち着かせようと車内に留まり、30分程してから下腹部の落ち着いてきたので家に向かったのです。

 

                             つづく

 

 

 

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日いずる国の経 7

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第四章

別かつ神

 

 そう感じた直後、私の胸の辺りの高さ、目前の向かい右側から無数の数え切れないほどの微細な、一人一人表情の異なる祝福された赤子の頃の娘、瑠璃が白い色彩を纏って幾人にもなって刹那に誕生してくるのです。

 その無数の子達は、目前から喜びに満ちて右側後方の私の背後に流れるようにして消え去り、同時に私の左後方の背後からは、赤黒くなって擦り切れるかのように苦悶している幾人もの私の子が、無惨にも左側後方から前方へと死へ向かって刹那に滅し消えていく。

 私はこの現れたビジョンに強いショックを受けました。

 右側を通る我が子は受け入れられるのですが、左側を通る我が子を反射的に拒否してしまい受け入れることが出来ずに心の目を背けてしまうのです。

 この無限とも思えるような、来ては去っていく刹那無常の命の景色はたしかにこの小さな家の居間で起こっている。しかしそれと同時に、この生成と消滅の無限とも思えるその働きは明らかに真に宇宙で起こっているのでした。

 そしてあの生命の働き、円環の中心にある輝ける至高の神である観察者プルシャはただ臨在されている。

 この総ての生命を司る神に私は驚きをもって眺め、また再びあの生命の流れに目を向けると、あの数え切れないほどの総ての生命の実体は宇宙の砂、銀河に渦巻く無数の石の様であり、この石に私たちの自らの心、想いを映し出すことによってその生命は生命と成って顕れているのでした。

 このビジョンが私に起こったのはほんの数分の出来ごとでしたが、そのビジョンが消えていくと、今から家族を置いて直ちに家を出るよう内側に声がこだまし、私の体は観えない何かの力に引っ張られるようにして居間から離れ、別室に入りました。

 そして私はとても強く切迫した圧力を感じている中、ふと部屋の角、北東の方角に目を向けると高山が映り出され聖人が二人、高い所と低い所に阿吽の呼吸を合わせてそれぞれ立っていたのです。

 聖人はその姿を私が認識すると、高山と共にそのビジョンは過ぎ去っていったのでした。

 

 

つづく

 

 

 

 

 

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日いずる国の経 6

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第四章

いづの

 

 冬の終わり頃、伊豆の地に引っ越しましたが、伊豆ではもうこの時、一足早く河津桜が咲いていました。子供の頃、夏休みになると必ずこの伊豆の父の実家に来ては海に入り、釣りをして遊び、魚や貝を食べて楽しかった思い出の詰まった場所でした。

 そんな伊豆での生活に慣れはじめて、娘が保育園に通うようになり、私は介護の仕事をしながら畑を借り、野菜作りをしていたのでした。
 そして夏のある日、畑仕事をしている最中に注意不足で自分の左手人差し指を鎌で切ってしまい、7針ほど縫うことになったのでした。

 この怪我自体はたいした事ではないですが、この出来事に私は密かな戸惑いを感じていました。自分でいうのもなんですが、子供のころから運動が好きな方で、反射神経も悪くはないと思っていたのと、山の生活では多少危険な事があっても生活のために少々の無理も行いましたが、このような類の怪我をすることはなかったのです。

 注意不足や感覚の衰えと言ってしまえばそれまでかも知れませんが、なにより私自身の直観があの、三日月の様な鎌と一指し指の痛みを観て、何かに覚めるような気がしたのです。
 それは7年前に兄が進めてくれたチベット死者の書のやり取りの時に似たような、鈍く思い出すような感覚でした。
 あのときの「こう言った本には本当の事が書いてあるからもう少し後にしたい」と言ったときに感じた、違和感に似た予感だったのです。
 

月の兎と駱駝の針孔

 

 これをきっかけに自身の探究を再び強めていく必要を感じ「私は何者なのか?私は誰か?」という主題に注意を注ぎ始めました。
 その頃私は少々の聖典や経典などをたまに目を向けるほどでしたが、このときOshoの存在を知って、その奥深さに非常に興味を感じるようにもなりました。

 そして10月からは何も意図せず、あるがままに心の想いを眺める事に集中し、11月には想いが過ぎたあとの空白地点、日本では「間」と言えばわかりやすいと思いますが、この「間」に注意深く意識を向け、それは何を行っている時にも続けました。

 11月のある夜の日に「私とは誰か?」という探究を続けながら、娘が当時大好きだったドキンちゃんの妹コキンちゃんの話を娘としている時だったと思いますが、ふと『私は、個人=全体である総て、という真実を観照する気付きである』ことに対しての自身の内にあるその隔たりが、突然なくなり合致したような閃きを感じたのです。

 そして閃きの余韻を感じながら就寝の時間になったので、いつも通り北に頭を向け床に入りましたが、その後も意識を眺め続けていると暗闇の中に小さな針の孔のような光の点が観えてきました。
 その点は次第に「私に向かって」なのか「私が向かって」なのかは定かではありませんでしたが点は徐々にゆっくりとに近づき、うさぎが月を眺め、そして月に飛び込んだかのように私の意識はその点に溶け去りました。

 そして私は夢を見ることなく朝目覚めると、再び七年前に似た、あの輝きと春の感覚があることに直ぐに気づきました。

 娘と外に出ると晩秋でしたが心は春のような清々しく、暖かい雰囲気に包まれていて、山や空を見渡すと私の意識はどこまでも拡大していき、私が感じ得ることのできる総て、宇宙の果てまでも私そのものであるという感性と同時に「存在性を有していると感じていれば必ず終わりが来る」という想いが生じていました。
 そしてその想いの背後には「非存在性」の予感、終わりの気配が漂っており、それは7年前のあの時の経験から感得していたものが紛れなくそう感じさせていたのです。

 その日の夜、私が感じていることを妻に話し、おそらくこれから7日後か7か月後かは断定できないけれど、近いうちに死にまつわる何かが自分に起きるかもしれないということを伝えました。

 そしてこの日から7日後の20時頃、居間で家族3人過ごしている時に突然ふと自分がこの世から消えた事を理解しました。

その時、私は自然に「あ、死んだ」とポツリと小さく声が出たのです。

 

                               つづく

 

 

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